私が歩んできた道 - そして、故郷・桜川市へ
私は、桜川市(旧大和村)で生まれ育ちました。
この町の豊かな自然の中で遊び、地域の皆さんに見守られながら成長しました。岩瀬小学校、岩瀬西中学校、下館一高を卒業し、多くの方々との出会いに支えられて今日まで歩んでまいりました。
私には若い頃から一つの夢がありました。
それは、「政治を通じて人の役に立ちたい」という夢です。
大学卒業後、その思いを胸に衆議院議員の政策秘書となり、政治の現場で経験を積みました。その仕事を通じて中国との交流に携わるようになり、国と国、人と人との相互理解の大切さを学びました。
その後、中国・北京にある4つの大学で教壇に立ち、多くの学生たちと共に学び合い、交流を深めてきました。教え子たちは現在も中国各地をはじめ日本などで活躍しています。教育を通じて築いた信頼関係は、私にとって今もかけがえのない財産です。
帰国後は大学院で中国政治を研究し、さらに国際交流団体の事務局長や、自ら設立した団体での活動を通じて、日本と中国の相互理解と友好交流に取り組んできました。また、日本の大学では非常勤講師として、中国政治や現代中国について教え、学生たちを実際に中国へ引率し、現地でしか得られない経験を積んでもらうことにも力を注いできました。
こうした長年の研究と実務経験が評価され、2016年4月には衆議院調査局客員調査員を拝命しました。
しかし、その年の7月、中国を訪問した際、身に覚えのない容疑で拘束されるという出来事が起こりました。
私は約6年間、中国で自由を失うことになりました。
人生で最も苦しく、長い時間でした。
その経験は決して望んだものではありませんでしたが、多くのことを私に教えてくれました。
家族や友人の存在のありがたさ。
故郷があることの幸せ。
平穏な毎日がどれほど尊いものか。
そして何より、「人のために働く」という初心を、もう一度思い出させてくれました。
2022年に帰国してからは、メディアへの出演や執筆活動、講演などを通じて、中国政治や国際情勢について情報発信を続けてきました。
しかし、私の心の中には、もう一つの思いが日を追うごとに大きくなっていきました。
「人生の最後の仕事は、生まれ育った桜川市のために尽くしたい。」
若い頃に抱いた政治への志は、決して消えてはいませんでした。
69歳。
「今さら」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
けれど私は、「今だからこそできること」があると信じています。
国内外で積み重ねてきた経験。
政治の現場で学んだこと。
教育者として若者と向き合ってきた日々。
そして、人生最大の試練を乗り越えた経験。
そのすべてを、これからは故郷・桜川市のために生かしたい。
私は派手な言葉で皆さまの期待をあおるつもりはありません。
一人ひとりの声に耳を傾け、誠実に、粘り強く、市民の皆さまと同じ目線で働く。
それが私の目指す市議会議員の姿です。
この町で生まれ、この町に育てていただいた一人として、今度は私が恩返しをする番です。
桜川市の未来のために、皆さまと共に歩んでまいります。